庭木の手入れ【剪定】方法|より自然な剪定手法を目指して

庭木としての価値を高める剪定

(1)樹木の見方と考え方
剪定と整姿に必要な樹木観とは何であろうか。山野に生える樹木を例に述べていきたい。
①樹冠線
樹冠とは樹木の枝と葉の集まりをいい、樹種によってその形態が異なるため樹種の識別もしやすい。また、樹の先端部分で幹の頂点を「樹芯」と呼ぶ。ともに樹形に大きな影響を及ぼし、特に樹の輪郭や流れを決める場合に重要な要素となる。

・常緑樹(スダジイ)の樹冠線
 小枝や葉が一枝ごとに玉状のラインをつくり、樹全体の形をつくっている。

・落葉樹(ケヤキ)の樹冠線
 幹から枝、枝から枝先へと伸びる動的な線と、その枝先がつくる静的な樹冠線が美しい。
②幹・枝ぶり
 幹の特徴として、樹皮の色、肌の風合いが挙げられる。また幹の形によって直幹、斜幹、曲幹、株立ちと分けられる。写真は筑波山中の雑木林である。コナラ、クヌギなどの直幹の太い幹に対して、ヤマモミジの軟らかい曲線が美しい。


枝ぶりの特徴として曲がり、幹から出る枝の角度の違いが挙げられる。これは樹種の枝ぶりの違いによる。直線的に伸びる線と曲がりをもつ枝ぶりがある。また同じ樹種でも老木、若木によって違う。

 写真はウメの古木である。幹から枝先にかけて極度に曲がったラインが力強く感じられる。


次に、クヌギの枝ぶりである。多少曲がりを持ちながら横に伸びる線が軟らかい。一方ケヤキなどは直線的に枝がつくられている。枝先にかけて伸びやかな線が美しい。



③枝葉の粗密、葉色による明るさと暗さ
落葉樹では樹冠の中の葉の密度がそれほど高くない場合が多く,内部まで一様に葉がつくのがふつうであるが,常緑樹では葉が樹冠の外側に密につくので光が内部では乏しくなり,内部には葉は少ない。それぞれに葉や小枝の集まりがひとつの塊や線をつくりだしている。


④静と動
これは樹冠線の部類に入ることだが、樹全体のイメージとしてここに示す。写真はスダジイの静的な樹冠線とイチョウの動的な枝ぶりを示したものである。常緑樹と落葉樹の樹形のつくりの違いがわかる。また、静と動の対比によりイチョウの枝ぶりがより強調される。このような動的な枝ぶりでも剪定いかんによっては静的になってしまう。



このようにみると樹木観とは人の立つ位置の違いから観たものであると考えられる。樹木から離れた場所から見ると個々の枝ぶりより、木全体の形である樹冠線が目立つ。また、常緑、落葉樹のように葉色の違いや枝の粗密によっても受ける印象が違う。一方段々と木に近づいていくと、幹から枝、枝から枝先と目がいくようになる。
つまり、剪定をするにあたってもその木を人(主人)がどこから眺めるのかということ(視点の変化・動き)を頭において行う事が最も大切である。それによって樹の輪郭線を強調するのか、枝ぶりを見せるのか、それぞれの樹全体の葉量(濃淡)から各枝の葉量が決まってくる。その他、枝や葉量に関しては目隠し、防風という機能性も重視したい。
(2)剪定手法
上記のように見る人の視点に立った剪定が肝要であると述べた。また、これらの樹木観は「線・塊・色」という言葉でまとまりがつく。「線」は樹冠線、枝の線である。「塊」は小枝や葉の1つのまとまりであり、「色」は木全体もしくは個々の枝における濃淡・粗密である。つまり、樹冠線や枝のどこの「線」を強調し、どこに枝葉の「塊」をつくって、その枝葉量の濃さ「色」をどうするのかという事である。そこに前述の築山庭造伝で挙げられる「割り」という技法が必要になる。「割り」というのは「透かし」のことである。鋏や指を使う。この透かしの技法には、切る程度や切る枝の大小、作業の手順によって大透かし、中透かし、小透かしに分けられる。また「透かし」の他に樹冠線をより強調した人工形ともいうべき「刈込」の技法がある。
①透かし
大透かしは、樹形を乱したり日当たりを悪くする枝を幹の元で取り除くことである。また樹全体の構成を変える場合に行う。まず気になるのが幹と枝の動きやバランスであり、おかしな動きをしている枝は一目でわかる。切るべき枝のほとんどが「忌み枝」と呼ばれるものであり、平行枝、閂(かんぬき)枝(えだ)、車枝、立ち枝、交差枝などがあげられる。これらは必ず切らなければならないわけではない。落葉樹において立ち枝は、場合によると次期の更新枝になる。
 中透かしは、大透かしと同じく忌み枝を抜くと同時に主枝の中間部分の副主枝を切ったり、主枝を副主枝が分岐している付根で切って、副主枝を新しい主枝の先端にして「切り戻し」をすることである。枝の元から主枝の先までたどるように枝の流れを見る必要がある。枝の長さや方向は、目的とする輪郭(樹冠)線によってまたは上下左右の枝によって決まる。
 中透かしまで終わると、枝葉が込んでいる部分の小枝を透かし、全体の調子を合わせる小透かしを行う。この小透かしの強弱によって葉量の濃淡がつけられる他、目的とする樹冠線をだす。樹種によってやり方が異なり、ミツ(小枝が三本以上に分かれている部分)を割る、三ッ葉透かし、古葉もみあげ、爪透かしなどがある。
 以下に「透かし」のポイントをあげる。
・見る人の視点に立った剪定をする。また枝は一方見としない。
・異角度、異方向に伸びる枝を抜く
・車枝、閂枝、平行枝を互生になるように抜く
・幹に対する枝の太さ動き、樹冠線とのバランスを見抜く
・水道(みずみち)を考えて枝を抜く
この中で「水道を考えて枝を抜く」ことが一番難しい。剪定は直後の綺麗さも重要であるが、剪定後の枝の伸び方はそれよりも重要である。剪定したために樹形がくずれてしまうこともある。最大の問題は徒長枝の発生である。いかに徒長させないかが剪定のひとつのカギとなる。原因としては、分岐部の主枝の太さに比べて副主枝があまりにも細い場合や切り詰め剪定をした時に幹の太さに対して枝葉量が少なくなると養水分の流れがスムーズにいかなくなり、切り口部分からはけ口をつくるように徒長枝が発生する。そうならないために大透かしによる強い枝の除去や主枝の更新(切り戻し、差し替え)を上手に行い、根からのエネルギーを分散する必要がある。

 落葉広葉樹(モミジ)の剪定【自然樹形】

常緑広葉樹(ツバキ)の剪定【自然的樹形】
②刈込み
街でよく見かける生垣や円柱型の刈込物はそのほとんどが曲がっていたり凸凹であったりしている。これらは、また伸びるからということで片付けてはいないか。左官工事をとってみても真直ぐや平らにするのは当り前なことである。造園だけが平らや形にするべきところを曲がっていたり凸凹であったりでいいはずがない。それが認められてしまうからこそ、建築から馬鹿にされてしまうのだ。
 「刈込はだれでもできる」と言われる。刈込鋏を動かして葉先を切り揃えることは誰でも出来るだろう。しかし、幹を中心として左右対称かつ真直ぐな線を出すことは誰でもできる仕事ではない。そのように刈り込まれた木は人の目を引き付けるし、だれでも真直ぐや平らは分かることでる。刈込がきちんと出来て一人前と言われるのはそのためである。


            チャボヒバの刈込【人工樹形】
近年モミジ、コナラ、ソロなど雑木の庭が主流となり、最近ではアオダモ、シマトネリコなどが多く植えられるようになった。それまでの日本庭園は松が代表するように常緑樹を主体に老年型の樹形を評価する傾向にあった。現在では農家の庭に多く、老木を縮小したような形に仕立てたものが植えられている。剪定においても小透かしを中心とした不変的な仕上がりが求められる。一方、落葉樹を中心とした雑木の庭は、幼年型や成年型の動的な自然らしさを評価するもので、個々の樹木の自然樹形を尊重しながら、成長過程に応じた剪定を行う必要がある。この剪定手法は「野透かし」とよばれる。大透かし、中透かしを巧みに行い、下から見上げた時にどの枝を切ったか分からないようにする。このどこを切ったか分からない剪定には鋏の入れ方も肝要であり、手平を返して鋏をいれる必要がある。それによって切り口が上を向くので下から見た時に切り口が見えない。
このように、野透かしと呼ばれる「自然剪定」、枝を途中から切るやや人工的な「自然的剪定」、刈込による「人工剪定」があり、これらは仕上がりの問題である。庭(主人)がどのような剪定を求めているのか、空間と素材の有り様、つまり庭におけるその木の役割、全体と個の関係を瞬時に見抜く力が必要である。

 



       老木型として個々の庭木が評価される農家の庭

          野透かし剪定により庭木に動きを出す
 これら剪定手法を述べてきたが、いくら巧く剪定してもかかり葉がついていたり、葉裏がでていては失格である。懐から葉先まで神経のいき届いた剪定を心掛けなければならない。樹全体の垢を取り除き、切るという引き算の行為であるが、まるで化粧をしたような、見る人の五感に伝わる剪定を目指すべきである。その他、夏場の落葉樹や秋から冬にかけて常緑広葉樹は葉を濃く残す必要があるなど時期による制約がある。毎日秋のスカッと晴れた青空のもと作業ができればよいがそのような日は一時である。夏の炎天下のもと、寒風吹きすさぶ中でも、雨天でも作業をしなければならない。人の手で行う以上、このような天候による影響も受ける。そのような中でも左右されない見抜く力と精神力、体力を日々鍛える必要がある。